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神戸地方裁判所明石支部 昭和50年(ワ)35号 判決

原告 永田亥三歳

原告 永田トキ子

右原告両名訴訟代理人弁護士 西村忠行

同 小沢秀造

右原告両名訴訟復代理人弁護士 藤本哲也

被告 明石市

右代表者市長 衣笠哲

右訴訟代理人弁護士 清水賀一

主文

一、被告は各原告に対し、それぞれ、金三六四万七、五〇〇円とこれに対する昭和五〇年四月一七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告らのその余の請求はいずれも棄却する。

三、訴訟費用はこれを二分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

四、この判決は、右一項にかぎり、仮に執行することができる。

事実

(当事者の申立)

一、原告らの求めた裁判

(一)  被告は各原告に対し、それぞれ、金七二九万五、〇〇〇円と内金七〇四万五、〇〇〇円に対する昭和五〇年四月一七日から、内金二五万円に対する判決言渡日の翌日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決と仮執行宣言

二、被告の求めた裁判

(一)  原告らの請求をいずれも棄却する。

(二)  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決

(当事者の主張)

一、原告らの請求原因

(一)  事故の発生

原告らの次男訴外永田健治(昭和四七年五月二六日生、当時二歳七か月)は、昭和四九年一二月二八日朝、明石市魚住町清水字柿谷先市道端の訴外山崎安蔵所有の野つぼ(以下本件野つぼという)に転落し、溺死した。

(二)  違法行為

本件野つぼはコンクリート造りのし尿槽で、約一平方メートルの開口部があり、そこには堅固な板蓋が設けられており、平常はきつくはめ込まれている。また、本件野つぼの近くには住宅が相当数あり、同所付近は子供たちのかっ好の遊び場となっている。

ところが、被告の環境第一課職員である訴外南谷登、同笹川博の両名は、職務中の昭和四九年一二月二七日午前一〇時三〇分ころ、市の清掃車(バキュームカー)を本件野つぼに横付けし、その所有者の許可を得ることもなく、不法にも同野つぼにし尿を投棄して満杯に近い状態にしたうえ、その際板蓋で安全に開口部を閉塞しなければならないのに、これを怠り、同板蓋を数十センチメートル開口したまゝの危険な状態にして立ち去った。

その結果、翌朝、健治が本件野つぼ付近で遊ぶうち、過って右開口部から転落し、本件事故が発生した。したがって、本件事故は右南谷らの過失によるものである。

(三)  被告の責任

被告は右南谷らの使用者であり、また、本件事故は被告の事業の執行につき発生したものである。なお、被告は、自ら「明石市環境保全条例」で規定している如く、危険防止のため率先して野つぼの適正な管理を行い、必要な措置を講じ、かつは職員を指導監督すべき義務があるのにかかわらず、前記のとおり南谷らをしてし尿の不法な投棄をさせ、危険な取扱いを放任していたものである。

したがって、被告は、本件事故につき、民法七一五条一項により使用者としての責任を負う。

(四)  損害

(1) 健治の逸失利益

健治は事故当時満二歳七か月の極めて健康な男子で、その平均余命は七一年以上であり、その間少なくとも満一八歳から満六七歳に達するまでは稼働可能であると推定されるところ、賃金センサス昭和四九年第一巻第一表年齢別給与額によれば、男子労働者の初任給(一八歳)による年収は金九二万一、一〇〇円であり、うち控除すべき生活費を右収入の五〇%として中間利息の控除を新ホフマン方式によって算出すると、金七八四万円となり、これが健治の逸失利益である。

921,100円×(1-0.5)×17,024=7,840,000円 (1,000円未満切捨て)

原告らは健治の両親であり、健治の死亡により右逸失利益を各二分の一ずつ相続した。

(2) 葬儀費用

健治の葬儀費に金二五万円を出捐し、原告らで各二分の一ずつを負担した。

(3) 慰藉料

健治は原告らの次男で、将来を嘱望され健やかにいつくしみ育てられてきたものである。本件事故によって健治を失った原告らの苦痛は極めて甚大であり、右苦痛を金銭をもって慰藉するとすれば、少なくとも原告両名につき各金二七五万円を下らない。

(4) 弁護士費用

被告は本件事故について示談交渉に応ぜず、損害を賠償しないため、原告両名はやむなく本訴を提起せざるをえなくなり、弁護士費用として、各自すでに着手金二五万円を支払い、さらに報酬金二五万円の支払を必要とする。

(五)  よって、原告らは被告に対し、それぞれ、右損害合計金七二九万五、〇〇〇円と内金七〇四万五、〇〇〇円に対する本訴状送達の翌日である昭和五〇年四月一七日から、内金二五万円に対する判決言渡の翌日から各支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うよう求める。

二、請求原因に対する被告の答弁

(一)  請求原因(一)項の事実は認める。

(二)  同(二)項中、本件野つぼの形状に関する事実及び被告の環境第一課職員二名が原告ら主張の日時ころ右野つぼにし尿を投棄した事実は認めるが、その余の事実を否認し争う。

すなわち、被告の右職員らは、昭和四九年一二月二七日午前一〇時過ぎころ、年末し尿収集のため、清掃車(積載量五〇〇リットルのミゼットバキュームカー)で明石市魚住町清水地内の二世帯からし尿約三五〇リットルを収集し、引続き他に収集に向う途中、右清掃車が小型で積載量が少ないこともあって、同日午前一〇時三〇分ころ、本件野つぼにし尿約二〇〇リットルを投棄したものである。ところで、本件野つぼには、右職員らの投棄前にすでにし尿が約四、〇〇〇リットル投棄されていて満杯に近く、右職員らの投棄によりその水位は約六センチメートル上昇したに過ぎず、しかも、右職員らは投棄後その板蓋を確実にしめ、さらに足で踏んで板蓋が完全にしまっていることを確認してから、つぎのし尿収集に向ったのである。したがって、右職員らに過失はない。

なお、右板蓋は、これをもってたとえ本件野つぼの開口部を閉塞している状態にあっても、子供がその上に乗って遊んだり、少し力を入れて揺さ振ったりすると、容易に開口部から外れて同野つぼに落下するものである。それゆえ、本件事故も健治が右板蓋を揺さ振ったか、またはその上に乗って遊んでいるうちに、これが同野つぼに落下して発生したものと推認される。因みに、事故当日の新聞報道によると、健治は右板蓋をあけてのぞき込んでいるうち、周囲が雨でぬれていたため、足を滑らせて転落したものとされている。

いずれにしても、本件事故は健治の自損行為であるから、被告に責任はない。

(三)  同(三)項中、被告が訴外南谷らの使用者であることは認めるが、その余の事実を否認し争う。

(四)  同(四)項の事実を争う。

三、被告の抗弁

仮に、被告に本件事故の損害賠償責任があるとしても、つぎのとおり過失相殺を主張する。

(一)  健治は本件事故当時満二歳七か月の幼児であった。この年齢の幼児は行動範囲が自宅近辺から次第に拡張してゆき、また遊びの方法も危険になるが、他方、自己の生命、身体等に対する危険の察知能力及び危険回避能力は全く不十分な状態で、一時も目を離せない年頃である。したがって、監護者は、幼児が野つぼその他危険な場所へ行くおそれのある場合には、その行動を監視して幼児が危険に遭遇することを防止する義務があるほか、平常から幼児の遊び場所の範囲とその安全を確認しておくとともに、幼児を常に自己の目の届く限られた範囲内で遊ばせ、また放置しないよう注意する義務がある。

(二)  ところが、原告らはこれらの注意義務に違反し、健治を監視することなく放置していた。すなわち、健治は当時原告らに連れられて本件野つぼから約二〇メートル離れた牛舎の前で遊んでいたが、原告らが牛の世話をして目を離している間に、本件野つぼに歩いて来て同所に転落したのであって、原告らのいずれかが健治の行動を監視しておれば、本件事故は防止しえたのである。したがって、事故発生につき被害者に過失があるから、損害賠償額の算定にあたってこれを斟酌すべきである。

四、抗弁に対する原告の認否

抗弁事実を否認し争う。

本件野つぼ付近が近隣の子供の遊び場となっていたことは先にも述べたとおりであり、ことに健治は同年齢の友人と共にかっ好の遊び場としていた。それだけに、本件野つぼの板蓋は六分板で強固に作られ、子供はおろか大人でも容易にはあけられないほどであった。このような事情から、本件野つぼは具体的にみて「危険な場所」に該当しない。かえって、訴外南谷らが一方的に危険な場所を作り出したものであり、被害者側に注意義務を期待することは不当といわねばならない。

(証拠)《省略》

理由

一、事故発生と状況

事故の状況の詳細はしばらく措くとして、原告らの次男健治(当時二歳七か月)が原告ら主張の日時ころ本件野つぼに転落して溺死したことは、被告もこれを認めるところであるが、原告永田亥三歳本人尋問の結果等によっても明らかである。そして、右証拠によれば、事故発生の時刻は、より正確には昭和四九年一二月二八日の午前九時ころから同一〇時ころまでの間であったと認められる。

一方、本件野つぼの形状についても、特に当事者間に争いがあるわけではないが、以下の説明を理解し易くするために、ここで検証の結果によって認められるその形状の概要を示しておくと、本件野つぼは、全面コンクリート造りによる縦(奥行)約二・一一メートル、横(間口)約一・七メートルのやゝ変形した矩形のし尿槽で、槽本体の大半は地中に埋め込まれているが、一部は地上にも突き出ており、東西に棟をしつらえた「への字」型の屋根を有していて、その地上部分の姿は一見切妻風の背の低い小屋のようでもある。そして、屋根の片側(北側斜面)のほぼ中央部には、縦約八〇センチメートル、横は上部で約六一センチメートル、下部で約八四センチメートルのいびつな梯形状の開口部が設けられていて、同個所はこれよりひとまわり大きな板蓋で閉塞できるようになっている。

ところで、被告は、事故の状況につき、あくまでも当時本件野つぼの開口部が右板蓋によって閉塞されていたとの前提事実に立って、健治が右板蓋の上に乗って遊んでいるうちにこれが外れて落下したとか、あるいは健治が自ら右板蓋をあけたかの如く主張する。しかしながら、原告永田亥三歳本人尋問の結果によれば、事故発生の直後における右板蓋の状態は本件野つぼの開口部の左斜め下方に約三〇センチメートル移動し、しかも、かなりねじれたような形で開かれていたことが認められるのであって、健治が右板蓋の上に乗って遊んでいるうちにこれが外れて落不したとするには、その開き具合があまりにも不自然であるし、一方、証人山崎安蔵の証言及び検証の結果によれば、右板蓋は重量約六・五キログラムもあり、かつ、これをもって本件野つぼの開口部を閉塞した場合、事故当時なら比較的にきつくはめ込まれた状態となっていたことが認められるのであって、当時二歳七か月の健治が右板蓋を独力であけえたとは、これまた考えられない。むしろ、証人植田貞夫及び同山崎宏子の各証言によれば、同人らはいずれも事故の前日である二七日の昼過ぎに右板蓋があいていたのを目撃しており、その開き具合は事故直後に原告永田亥三歳が目撃したのとほぼ一致していることが認められるところからして、右板蓋はすでに事故の前日から前記認定のような形で開かれたまゝになっていたものとみるのが自然である。のみならず、本件野つぼの形状や健治と同年齢にある幼児一般の行動心理をも考え合わせてみると、健治が転落したのは、まさしく右板蓋が前記認定のような形で中途半端に開かれていたからであり、当時健治は好奇心から本件野つぼの開口部に近付き、その際右板蓋が危険な状態になっているのも知らず、その上に足を踏み出すなどして突然身体の安定を失ったのであろうことは、推認するに決して難くない。乙第三号証の一及び二を含め、他に右認定を左右するに足りる証拠もない。

二、市職員らの違法行為

被告の環境第一課職員である訴外南谷登、同笹川博の両名が原告ら主張の日時ころ本件野つぼにし尿を投棄したことは、当事者間に争いがない。尤も、被告は、し尿を投棄した者を単に環境第一課職員二名とするのみで、自らはこれを名指しして特定しようとしないが、この点については、当人の南谷ら自身もこれを認める旨の証言をしており、紛れがない。

さらに、右南谷らの証言によれば、前記し尿投棄は被告主張のとおりの事情のもとになされたもので、したがって南谷らの職務の執行に関連して行われたものであること、また右投棄について本件野つぼの所有者の承諾は一切なかったこと、ところで、その際南谷らがどれほどの量のし尿を投棄したかは必ずしも明確でないが、いずれにしても、本件野つぼが満杯に近い状態になるまでこれを投棄したことがそれぞれ認められる。

さてそこで、果たして南谷らが投棄後本件野つぼの板蓋をしめたかどうかであるが、さきにも認定したとおり、植田貞夫及び山崎宏子の両名がいずれも投棄のあった当日の昼過ぎに右板蓋があいていたのを目撃しており、ことに右植田の証言によれば、同人が目撃した時刻は同日午後〇時四〇分ころから同一時ころまでの間であって、右投棄後わずか二時間余しか経過していなかったことが認められる。しかも、本件全証拠に現われた諸般の状況に照らすと、右の二時間余の間に他の第三者の行為が介在して右板蓋が開かれたとする可能性はまず皆無とみてさしつかえない。そうだとすると、本件においては、結局原告ら主張のとおり、南谷らがし尿投棄後板蓋を完全にしめていなかったものと推認するほかない。これに反し、南谷は「(板蓋を)手でもしめたが、足で踏んで固めた」と証言し、また笹川もこれと同趣旨の証言をして、いずれも右事実を強く否定する。しかしながら、これら両名の証言内容を仔細に検討してみると、それ自体不自然不合理な個所が多々見受けられるばかりでなく、右両名が事前に口裏を合わせたのではないかとさえ疑われる節もあって、にわかに信用できない。他に前記認定を覆すに足りる証拠もない。

ところで、《証拠省略》によれば、本件野つぼは道路沿いの田の一角に所在するが、付近には人家が相当数あって、同所一円は当時しばしば子供たちの遊び場となっていたこと、なお、本件野つぼは従来その所有者によって安全に管理されてきたものであり、平素は板蓋が必ずしめられた状態にあったことがそれぞれ認められる。

以上の事実関係のほか、さきに認定した事故の状況をも総合すると、本件事故を招いたそもそもの原因が南谷らの前記投棄行為とその際板蓋を不完全なまゝに放置していた行為にあったことは明らかであり、かつ、同人らの右行為はいずれもその義務に違反したもので、過失とはいえ、健治の生命に対する違法な侵害行為と断ずるほかない。

三、被告の責任

被告が南谷らの使用者であることは当事者間に争いがなく、また、さきに認定したし尿投棄の事情からすれば、本件事故は被告の事業の執行につき発生したものとみるのが相当である。ところで、本件においては、被告から民法七一五条一項但書の免責事由について何らの主張も立証もなく、かえって、《証拠省略》によれば、被告が南谷らに対する指導監督を十分行っていなかったとの疑いが濃い。

そうすると、被告は南谷らの使用者として、後記認定の原告らの損害につき民法七一五条一項による賠償責任を免れない。

四、原告らの損害

《証拠省略》を総合すると、つぎの事実が認められる。

(一)  健治の逸失利益

その算定方法についての原告らの主張はすべて正当であり、これよって健治の逸失利益を算出すると、金七八四万円(ただし一、〇〇〇円未満切捨て)となる。そして、原告らは健治の両親であり、健治の死亡により右逸失利益を各二分の一ずつ相続した。

(二)  葬儀費用

健治の葬儀費として、原告らは少なくともその主張額である金二五万円を出捐し、各二分の一ずつを負担した。

(三)  慰藉料

本件事故によって健治を失った原告らの悲嘆の胸中は察するに余りあり、慰藉料として、各自金二七五万円をもってする原告らの主張額は一応相当といえる数額である。

五、過失相殺

健治は本件事故当時満二歳七か月の幼児であったが、一般に、この年齢の幼児は行動範囲が自宅近辺から次第に拡張してゆき、また遊びの方法も危険になるのに、他方では自己の生命、身体等に対する危険の察知能力及びその回避能力が全く不十分であること、したがって、監護者は幼児がそうした危険に遭遇することのないよう平素から幼児の遊び場所の範囲とその安全を確認しておくなり、あるいは幼児を自己の目の届く限られた範囲内で遊ばせるなりして、常にその行動には細心の注意を払うべき義務があること、いずれも被告主張のとおりである。しかるに、原告永田亥三歳本人尋問の結果によれば、健治は当時原告らに連れられて本件野つぼから約二〇メートル離れた牛舎の前で遊んでいたが、原告らが牛の世話をして目を離している間に、本件野つぼに近付いて事故に遭ったものであって、当時原告らは、健治のすぐ身近にいながら、その行動を十分注意監督していなかったことが認められる。

すなわち、本件においては、原告らにも少なからざる過失があったというべきであり、いま双方の注意義務の内容、事故の態様、現場の状況、さらに健治の年齢等を勘案すれば、原告らの損害額につき五割の過失相殺を行うのが相当である。そうすると、被告の負担すべき損害額は、各原告に対する関係で、それぞれ、前認総額金六七九万五、〇〇〇円の五割に当たる金三三九万七、五〇〇円となる。

六、弁護士費用

本件訴訟の経過、前記認容額などに照らすと、原告らが被告に対して負担を求めうる弁護士費用としては、それぞれ、金二五万円が相当である。

七、むすび

以上の次第であってみれば、被告は各原告に対し、それぞれ、前認損害額金三三九万七、五〇〇円及び右弁護士費用金二五万円の合計金三六四万七、五〇〇円と、これに対する本訴状が被告に送達された日の翌日である昭和五〇年四月一七日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

よって、原告らの本訴各請求はいずれも右の限度で正当として認容するが、その余を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 白井万久)

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